導入:この大問を解くための2つの分析軸
2026年度の熊本県公立高校入試・国語の大問4は、藤岡陽子の小説『僕たちは我慢している』を題材に、登場人物の心情変化、人間関係の深まり、発言の真意を読み解く読解問題であった。
小説文の読解において、読者自身の主観的な感想や感覚的な推測に頼ると、設問の条件からずれやすくなる。問題文と設問から確認できる客観的な構造は、主に以下の2つの軸で整理できる。
- 「出来事・発言 $\rightarrow$ 心情 $\rightarrow$ 行動」の因果関係の把握登場人物の心情は、直前の出来事や他者の発言を原因として生じ、それが次の行動や発言へつながっている。傍線部の動作そのものから感情を推測するのではなく、それを引き起こした直前の原因を文脈から確認することが重要である。
- 言語的な手掛かり(助詞・相槌・語注・設問の会話文)の機能特定空欄に適切な語を補う問題(問2)や、特定の場面に立ち返る記述問題(問3・問5)では、本文中の助詞「も」、英信の相槌「うん、そうだな」、問題冊子の語句注釈(「ニコイチ」の定義)、設問中の会話文の表現などが、根拠箇所を特定するための具体的な手掛かりとして機能している。
あらすじを把握するだけでは、各設問へ正確に答えるには十分ではない。本文・設問文・選択肢に示された客観的な手掛かりを一定の順序で処理することが有効である。
『僕たちは我慢している』(藤岡陽子)の要約と人物関係
本文は、高校2年生の秋に勉強へ専念するため野球部を退部した英信と、部内で唯一の同級生として残された揮一との関係性を軸に展開する。二人の人物関係と場面ごとの心情変化は、下表のように整理できる。
| 場面・展開 | 出来事・客観的事実 | 英信の受け止めと心情 | 揮一の状況と心情 |
| 導入(リード文) | 英信は勉強に専念するため秋に退部。三年生とのお別れ会で再会する。 | 唯一の同級生を残して辞めたことに対する「後ろめたさ」を抱えている。 | 英信の退部後、揮一は英信に素っ気ない態度をとっていた。お別れ会を機にその態度を謝罪する。 |
| 前半(お別れ会直後) | 揮一が「英信がいなかったら頑張れなかった」と感謝を伝える。一年生が円陣を作る。 | 揮一にとって自分が支えだったことを知り、自分も同じ思いだったと実感する(問1)。一年生の輪に加わる(問2)。 | これまでの感謝を伝え、英信を責めていないことを態度で示す。 |
| 中盤(駅への帰り道) | 英信が後輩たちの沈黙について尋ねる。揮一が後輩の心情を説明する。 | 後輩たちが自分の決断を理解していたことに納得する。そのため、翌日の石井の言葉にも非難めいた響きを感じなかった(問3)。 | 後輩たちも英信が悩んだ末に退部した事情を理解していることを伝える。 |
| 後半(花束の贈呈) | 揮一が「夢叶う」の花言葉を持つブルーローズの花束を英信に渡す。 | 揮一の応援を感じ取る(問5A)。二人の時と一人の時の違い(問4)や、揮一も不安を抱えながら一人で頑張っていたことに気づく(問5B)。 | 新しい道へ進む英信を応援しつつ、一人でさまざまなことを決めなければならない不安も抱えていた。 |
全問解答一覧
| 設問 | 正答・答案 | 形式・条件 | 設問条件の概要 |
| 問1 | オ | 記号選択 | 傍線①「何度も頷く」に表れている英信の気持ちとして最も適当なものを1つ選ぶ。 |
| 問2 | ア「すんなりと」 | 語句選択 | 空欄②に入る副詞として最も適当なものを1つ選ぶ。 |
| 問3 | 英信が悩んだ末に退部を決断したことを、後輩たちは理解してくれていたということ | 記述(30〜40字 / 38字) | 傍線③石井の言葉に非難の響きがなかった理由を、英信が納得した内容から書く。 |
| 問4 | Ⅰ 安定感 / Ⅱ 安心感(順不同) | 抜き出し(各3字) | 傍線④「二人と一人は全然違う」の内容を説明する文の空欄に当てはまる言葉を抜く。 |
| 問5A | 応援したい | 空欄補充(5字以内 / 5字) | 会話文の空欄Aに入る、揮一が英信に対して抱く気持ちをまとめる。 |
| 問5B | 野球部から自分がいなくなった不安を抱えながら、揮一が一人で頑張っている | 記述(30〜40字 / 35字) | 会話文の空欄Bに入る、英信が揮一について気づいた内容をまとめる。 |
【大問4】各設問の解答解説と思考手順
問1(記号選択)
手順1(設問要求の確定)
傍線部①「何度も頷く」という英信の行動に表れている気持ちとして、最も適当な選択肢を1つ選ぶ。
手順2(根拠範囲の限定)
直前で交わされた揮一の発言と、それを受けた英信の心理描写を確認する。
手順3(論理整理:因果関係の確認)
- 原因(揮一の発言):「英信がいなかったらこんなに頑張れなかったと思うんだ。だからよかったよ。これまで一緒にやれて、本当によかった」
- 心情(英信の内面):「同じなのだ。自分も同じ思いだった。揮一がいなかったらここまで頑張ってこられなかった。」
- 結果(英信の行動):「久々に笑っている揮一を見たら泣きそうになって、英信は何度も頷くことで気持ちを返す。」
英信は、部を辞めたことに対する後ろめたさを抱えていたが、揮一から「自分にとって支えだった」と告げられ、自分自身も揮一を支えとしていたことを再確認する。互いの存在の大きさを知り、胸がいっぱいになって言葉の代わりに何度も頷いた場面である。
手順4(選択肢の照合)
- ア(不適切):「二度と同じ道を歩むことはないと確信し、揮一のこれからを見守ろうとしている」とあるが、二度と同じ道を歩まないという諦念や見守る姿勢はこの場面の心情ではない。
- イ(不適切):「揮一に対する後ろめたさが無意味なものであったことに拍子抜けしている」とあるが、「拍子抜け」という脱力した感情は本文の描写(泣きそうになるほどの感情の高まり)と合わない。
- ウ(不適切):「揮一の態度が急変したことに戸惑いながらも、受け入れようとしている」とあるが、英信は戸惑っておらず、「自分も同じ思いだった」と素直に受け止めている。
- エ(不適切):「期待通りの答えが返ってきたことで、これからも友情が続くことを確信している」とあるが、英信は事前に期待していたわけではなく、また友情の継続の確信が主眼ではない。
- オ(適切):「揮一からこれまで自分の存在が支えとなっていたことを伝えられ、胸がいっぱいになっている。」は、本文の因果関係と合致する。
結論
正答は オ である。
問2(語句選択)
手順1(設問要求の確定)
空欄②を含む一文「英信と揮一もその輪に( ② )入っていく」に当てはまる副詞として、最も適切なものを1つ選ぶ。
手順2(根拠範囲の限定)
空欄の直前にある、部室の前の一年生たちの様子を確認する。
手順3(論理整理:文脈と助詞「も」の確認)
直前の文には「指示を出したわけでもないのに自然と円陣になっていて」と書かれている。
続く文で「英信と揮一もその輪に……」と助詞の「も」が使われている。助詞「も」は、一年生たちの動きに加えて英信と揮一も輪に加わるという、直前の場面とのつながりを見る有力な手掛かりとなる。
直前の「自然と円陣になっていて」という場面全体と、各選択肢の語義を照合すると、抵抗や支障なく無理のない流れで輪に入っていく様子を表す語が適していると判断できる。
手順4(選択肢の検討)
- ア「すんなりと」:抵抗や支障なく、滞りなく進む様子。「自然と円陣になった」輪へ無理なく入っていく様子として最も適切である。
- イ「すごすごと」:気まずそうに、気落ちして立ち去る様子。輪に加わる文脈に合わない。
- ウ「ずんずんと」:勢いよく前へ進む様子。静かに輪に溶け込む場面には適さない。
- エ「いそいそと」:喜びで心を弾ませて動作する様子。英信の立場や態度に合致しない。
- オ「のんびりと」:急がずゆったり動く様子。「自然に加わる」という動作の様子とは異なる。
結論
正答は ア(すんなりと) である。
問3(理由説明記述:30字以上40字以内)
手順1(設問要求の確定)
傍線部③「非難めいた響きはなかった」について、英信が石井の言葉をそのように受け止めることができた理由を答える。
設問文に「揮一との会話を通して、あることに納得したからである」とあるため、「英信が納得した内容」を特定して30字以上40字以内で記述する。
手順2(根拠範囲の限定)
駅へ向かう途中で交わされた英信と揮一の会話場面を確認する。
手順3(論理整理:納得の相槌の探索)
英信は以前、一年生が黙っていたことに対して「自分勝手な元主将の言い分に腹を立てているのかもしれない」と不安に思っていた。
それに対し、揮一は次のように話している。
「英信がどんだけ悩んでこの決断をしたのか、みんなわかってんだ。だからなにも言わないし言えない。そういうことだ」
この直後、英信は「うん、そうだな」と答えている。
この「うん、そうだな」は、直前の揮一の説明を受け入れたことを示しており、設問にある「納得した」場面に該当する。
したがって、答案に必要な要素は直前の揮一の発言から取ることができる。
- 要素①:英信が悩んだ末に退部を決断したこと
- 要素②:後輩たちはその事情を理解していたということ
手順4(答案の構成と字数確認)
設問の「英信が納得したことを、……書きなさい」に合わせて、末尾を「〜こと/ということ」で結ぶ。
- 答案案:英信が悩んだ末に退部を決断したことを、後輩たちは理解してくれていたということ(38字)
30字以上40字以内の指定を満たしている。
結論
答案:英信が悩んだ末に退部を決断したことを、後輩たちは理解してくれていたということ(38字)
問4(語句抜き出し:各3字 / 順不同)
手順1(設問要求の確定)
傍線部④「二人と一人は全然違う」について、その内容をまとめた文の空欄[ Ⅰ ]と[ Ⅱ ]に当てはまる言葉を、本文中からそれぞれ3字で抜き出す。
手順2(根拠範囲の限定)
まとめ文の構造を確認する。
「二人でいる時には、一人の時にはない[ Ⅰ ]や[ Ⅱ ]があるからこそ、さまざまなことを乗り越えられたということ。」
「二人でいる時 ↔ 一人の時」という対比に注目し、本文中で「二人でいる時」に生じる状態を述べている箇所を探す。
手順3(論理整理:語注と対比の照合)
本文中、帰り道の英信の心理描写に次の文がある。
「揮一の隣にいると失ったパーツが戻ってきたような安定感が全身に満ちてくる。ニコイチならではの安心感。」
欄外の注釈では「ニコイチ=二人が一つのように仲が良いことを示す言葉」と説明されている。
したがって、
- 揮一の隣にいる(二人でいる) $\rightarrow$ 「安定感」
- ニコイチならではの(二人でいる) $\rightarrow$ 「安心感」
この直後に「二人と一人は全然違う。これまで二人だったからなんとか乗り越えられたことがたくさんあった」と書かれており、設問のまとめ文の内容と合致する。
手順4(字数の確認)
- 「安・定・感」= 3字
- 「安・心・感」= 3字
結論
正答は Ⅰ 安定感 / Ⅱ 安心感(順不同)である。
問5(会話文の空欄補充:記述)
【空欄A】(5字以内)
手順1(設問要求の確定)
会話文の空欄A「英信を[ A ]という揮一の気持ちを感じ取って、英信は泣いてしまったんだね」に入る言葉を5字以内で答える。
手順2(根拠範囲の限定)
リード文の記述、および高橋さんの発言にある「ブルーローズの花言葉は『夢叶う』なんだね」を確認する。
手順3(論理整理:リード文と花言葉の接続)
リード文には、英信が「勉強に専念するために、秋に部を辞めてしまう」と書かれている。
英信は野球部を辞め、勉強に専念する道を選んでいる。
その英信に対して、揮一は「花言葉がおまえにぴったりだと思ったから」と言って「夢叶う」を意味するブルーローズの花束を渡している。
したがって、揮一が花束に込めたのは、英信が自分で選んだ道を進むことを「応援したい」という気持ちであると判断できる。
手順4(文脈と字数の確認)
「英信を[ 応援したい ]という揮一の気持ち」と補うと、会話文の構文に自然につながる。
字数:5字(5字以内)。
結論
正答は 応援したい(5字)である。
【空欄B】(30字以上40字以内)
手順1(設問要求の確定)
会話文の空欄B「それと、[ B ]ことに気づいたというのもあるんじゃないかな」に入る内容を、30字以上40字以内で記述する。
手順2(根拠範囲の限定:会話文の手掛かり)
直後の小野さんの発言に注目する。
「前の場面に、揮一の独り言みたいなつぶやきもあったもんね。」
この言葉を手掛かりに、本文中から該当する揮一の発言を探す。
手順3(論理整理:揮一の発言と英信の気づき)
該当箇所を確認すると、揮一が小声で漏らした発言が見つかる。
「英信がいなくなってから、全部おれ一人で決めなきゃいけないんだぞ。……不安しかないわ」
さらに、花束を受け取った直後の英信の思考を照合する。
- 部内の同級生がいなくなり、後輩に相手をしてもらうしかない揮一の状況
- 「二人と一人は全然違う。これまで二人だったからなんとか乗り越えられた」という思い
ここから英信は、自分がいなくなった後、揮一が一人でさまざまなことを決めなければならない不安を抱えながら頑張っていたことに気づいたと整理できる。
手順4(答案の構成と文末処理)
- 要素①:英信(自分)がいなくなった不安を抱えていること
- 要素②:揮一が一人で頑張っていること
- 文末:「[ B ]ことに気づいた」につながるよう、連体形(〜頑張っている)でまとめる。
- 答案案:野球部から自分がいなくなった不安を抱えながら、揮一が一人で頑張っている(35字)
30字以上40字以内の指定を満たしている。
結論
答案:野球部から自分がいなくなった不安を抱えながら、揮一が一人で頑張っている(35字)
授業ではここまで扱う:小説読解における「因果連鎖」と客観的手掛かりの探索手順
小説文の心情問題では、「登場人物の性格を想像する」「自分ならどう感じるか」という主観的な読み方をしてしまうと、設問の根拠を見失いやすい。
実際の授業では、こうした主観を排し、本文中の具体的な描写から根拠を特定する手順を整理する。
【第1段階:問われている対象の確認】
設問が「心情」そのものを問うているのか、心情の現れである「行動」を問うているのかを区別する。
↓
【第2段階:直前の原因(出来事・発言)の特定】
その行動や心情を引き起こした、直前の台詞や客観的な出来事を本文から確認する。
↓
【第3段階:客観的手掛かり(助詞・相槌・語注・設問の会話)の活用】
文中の助詞、相槌、語句注釈、リード文、設問中の会話文の指示を手掛かりに、答案に必要な要素を絞り込む。
今回の大問4における各設問をこの手順に当てはめると、下表のように整理できる。
| 設問 | 問われている対象 | 着目した客観的手掛かり | 特定された論理関係 |
| 問1 | 行動(何度も頷く)の心情 | 揮一が「英信がいたから頑張れた」と伝えたこと+英信の「自分も同じ思い」 | 互いに支え合っていたことを実感した胸の高まり(オ) |
| 問2 | 動作の様子(副詞の空欄) | 直前の「自然と」+空欄を含む文の助詞「も」 | 一年生の流れに続いて抵抗なく加わる様子(ア「すんなりと」) |
| 問3 | 納得の理由(非難を感じない) | 英信自身の相槌「うん、そうだな」 | 直前の揮一の発言(悩んだ末の決断/後輩の理解)の抽出 |
| 問4 | 状況説明の語句抜き出し | まとめ文の対比(二人 vs 一人)+語注「ニコイチ」 | 二人でいる時の「安定感」「安心感」と一人の状態との違い |
| 問5A | 花言葉に込められた気持ち | リード文「勉強に専念するために退部」+花言葉「夢叶う」 | 新たな道を進む英信を「応援したい」という心情 |
| 問5B | 登場人物の新たな気づき | 設問中の会話「前の場面の揮一のつぶやき」 | 揮一の「不安しかないわ」と一人で頑張る状況の統合 |
重要なのは、「心情読解のセンス」といった曖昧な感覚に頼るのではなく、本文や設問に示された条件から、どの範囲へ戻り、どの事実を組み合わせて判断するかを別の問題でも再現できるようにすることである。
熊本県公立高校入試 国語(小説文)の対策と復習手順
高校入試の小説文では、あらすじを把握するだけでなく、設問の条件に従って本文の根拠を正確にまとめる力が求められる。
今後の過去問演習や復習においては、以下の手順を意識して取り組むとよい。
1. リード文と語句注釈を初めに確認する
本文冒頭のリード文には、登場人物の状況や過去の経緯など、読解の前提となる事実が示されている。また、問題冊子の注釈も、設問の判断(問4の「ニコイチ」など)に関わる情報が含まれている場合がある。本文を読む前に、これらの前提情報を確認しておくことが有効である。
2. 心情記述は「原因」と「結果」をセットで確認する
理由や心情を問う記述問題では、心情の語句だけでなく、
- きっかけとなった出来事や発言(原因)
- それによって生じた受け止め(心情)
- その後に現れる発言や行動(結果) というつながりを本文から確認する。設問が求めている内容に合わせて、必要な要素を過不足なくまとめる練習が重要である。
3. 会話文付きの設問では参照先の手掛かりを見つける
問5のような対話形式の設問では、会話文の中に本文の参照先を示す言葉が含まれている場合がある。本文全体を無差別に探し直すのではなく、設問中の会話を手掛かりにして該当場面へ戻る習慣をつけると、解答範囲を絞り込みやすくなる。
今回の大問4では、本文の発言・行動・助詞・相槌・注釈・設問条件を組み合わせることで、正答の根拠を具体的に限定できる。客観的な根拠に基づいて設問要求に答える手順を身につけることが、入試本番で安定して得点するための基盤となる。

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