【2025年度埼玉県公立】国語大問3 奥野克巳『ひっくり返す人類学』解答解説|分かち合いと権力の因果構造

「権力者」や「リーダー」と聞くと、人に命令する力や、富・資源を多く持つ人物を思い浮かべることがある。しかし、人類学の視点から描かれる熱帯雨林の狩猟民プナンの社会では、全く異なる権力のあり方が示されている。奥野克巳『ひっくり返す人類学 生きづらさの「そもそも」を問う』では、率先して他者にモノや情報を分け与える「ビッグマン」の姿を通じて、権力と平等主義の関わりが根源から問い直されている。

こうした文化人類学的な視点は、文章の背景を深く理解するために有効である。しかし、テーマや知識を知っているだけでは、入試本番で正答を導き出すことはできない。正答へ近づくために重要なのは、本文に示された特異な社会システムを因果関係として捉え、客観的な「思考手順」として言語化することである。

目次

【大問3】解答一覧

本記事では読解の核心となる主要な設問に絞って解説を行うが、参考として全設問の解答一覧を以下に提示する。

  • 問1
  • 問2 Ⅰ 謝意を伝える言葉(8字) / Ⅱ 分け与えるのは当然のこと(12字)
  • 問3
  • 問4
  • 問5 ビッグマンが分かち合いを実践し続けているかを常に監視することで、権力が一人の人物に集中すること(47字)

奥野克巳『ひっくり返す人類学 生きづらさの「そもそも」を問う』の要約と論理構造

本文では、プナン社会のリーダーである「ビッグマン」の成立条件と、その権力を制限するメカニズムが論じられている。論説文を読み進める際は、単に異文化の珍しい風習として追うだけでなく、本文が「どのような行動が原因でどのような評価が生じ、どのような社会構造をもたらすか」という論理のネットワークを追跡することが、読解の前提となるマクロな視点である。

分析ステップ対象箇所・テーマの論理構造抽出される中心的な論点
1. ビッグマンの成立条件率先してモノや情報を分け与える人物がビッグマンとなる。権力は制度や世襲ではなく、「分かち合い」の実践によって事後的に生じる。
2. 権力と信頼の因果分かち合いを続けることで人々の信頼が高まり、言葉に重みが出る。分け与える行為がリーダーとしての権威(言葉の重み)の源泉となる。
3. 権力への牽制と危機蓄財・独占が行われれば、格差が生じ平等主義が崩れる。権力者が富を独占することは、共同体の原理を根底から脅かす。
4. 権力の儚さと監視分かち合わなければ人々は離れ、ビッグマンの地位は失われる。人々は常にリーダーを監視し、支持を取り下げることで権力の集中を防いでいる。

【大問3】各設問の解答解説と思考手順

本記事では、読解の核心となる主要な設問に絞って解説を行う。

問1 傍線部①「その場その時に生まれるリーダー」

手順1(設問要求):プナン社会でリーダーであるビッグマンが生まれる状況として、最も適切なものを選ぶ。

手順2(根拠範囲):本文冒頭のビッグマンの地位や権力についての説明箇所。

手順3(論理整理):「世襲的ではない(親から受け継ぐのではない)」と対比されており、ビッグマンは「ケチはダメ」「寛大であるべき」という根本原理を実践し、率先してモノを分け与えるという「行動」によって周囲から評価され、事後的にリーダーとなる。

手順4(選択肢比較):アは「大きい身体をもった人物」としているが本文にない。ウは「民主的に選ばれた人間」としているが、投票などの制度による選出は否定されている。エは「権力者から地位を与えられた」とあり、これも本文と矛盾するため排除する。

結論:イ(「ケチはダメ」「寛大であるべき」というプナン社会の根本原理に基づき、誰よりも行動していると人々から評価された人物がビッグマンとなる)

問2 傍線部②「贈与交換の原理が、私たちとプナン社会では、根本的に違っています」

手順1(設問要求):筆者が述べる「私たち」とプナン社会との違いをまとめた文について、空欄Ⅰ(5字以上10字以内)と空欄Ⅱ(本文から12字で抜き出し)を埋める。

手順2(根拠範囲):プナン社会で「ありがとう」という言葉が発せられない理由を説明した段落。

手順3(論理整理):「私たち」は贈り物を受け取れば「ありがとう」という言葉で謝意を表す。一方、プナン社会では、分け与えること自体が当然とみなされているため、贈与に対して「ありがとう」のような謝意を伝える言葉は用いられない。

手順4(記述・抜き出しプロセス):Ⅰについては「ありがとう」の機能を一般化し「謝意を伝える言葉」(8字)とする。Ⅱについては、空欄前の「寛大な精神を称える言い回しがあり、[Ⅱ]と考えられている」に合致する箇所を探すと、「分け与えるのは当然のこと」(12字)が完全一致する。

結論:Ⅰ 謝意を伝える言葉(8字) / Ⅱ 分け与えるのは当然のこと(12字)

問3 傍線部③「その意味で、ビッグマンの言葉には重みがあるのです」

手順1(設問要求):ビッグマンの言葉に「重み」が生まれる理由として最も適切なものを選ぶ。

手順2(根拠範囲):傍線部の前後、特にビッグマンのもとに情報が集まり、それを分け与えることについての記述。

手順3(論理整理):「言葉の重み」の原因は、単に情報を持っているからではない。モノ・お金・有用な情報を「惜しみなく分け与える」という日々の行動の積み重ねによって、人々からの「信頼が高まっていく」という因果関係である。

手順4(選択肢比較):アは「特定のメンバーだけに話しかける」としているが、特定の人物を優遇する記述はない。イは「発言は諍いが起きた時に重要な証拠となる」としているが、証拠になるから重みがあるのではなく、日々の分かち合いによる信頼が重みを生んでいる。エは「常に正しい助言を与えてくれる」としているが、そこまでの絶対性は述べられていないため排除する。

結論:ウ(ビッグマンはお金やモノだけでなく、生きていくうえで有用な情報もみなに惜しみなく分け与えるという行動を積み重ねていくことによって、人々から高い信頼を得ているから。)

問4 傍線部④「蓄財するというビッグマンの「穏やかでない」振る舞い」

手順1(設問要求):蓄財することを、筆者が「穏やかでない」振る舞いと表現する理由として、最も適切なものを選ぶ。

手順2(根拠範囲):傍線部直後の段落、蓄財が行われた場合の社会への影響についての記述。

手順3(論理整理):ビッグマンが自らや家族のために蓄財すると、「持つ者」と「持たざる者」との間に格差が生まれ、プナン社会を支える「平等主義の原理が崩れてしまう可能性」が生じる。社会の根本を揺るがす危機だからこそ「穏やかでない」と表現されている。

手順4(選択肢比較):アは「集団から離れることを禁じ」としているが本文にない。イは「他者に対して尊大に振る舞い、傲慢な態度を取るようになる」と性格の変化を断定しているが、必ずしもそうなるわけではない。ウは「他者に対して文句を言うことが頻繁に起こるようになる」としているが、因果関係が不明であり本文にないため排除する。

結論:エ(ビッグマンが独占欲を発揮し、お金を貯めたり蓄財したりすることが起こると、集団の中で格差が生じ、プナン社会の平等主義の原理が崩れてしまう可能性が生まれるから。)

問5 傍線部⑤「ビッグマンの権力とは、なんと儚い、最小限の権力であることでしょうか!」

手順1(設問要求):なぜそのように言えるのかを、指定語句(実践・監視)を用いて45字以上55字以内で記述する。設問文の末尾「を防いでいるから。」に繋げる。

手順2(根拠範囲):本文終盤の、ビッグマンが分かち合わなくなった場合の人々の行動についての記述。

手順3(論理整理):ビッグマンの権力は一方的な支配力ではない。権力を維持するには「分かち合いを実践」し続ける必要がある。一方、人々はそれを「監視」しており、分かち合わなくなれば彼のもとから離れる。これにより、ビッグマンをその座から引きずり下ろし、「権力が一人に集中すること」を防いでいるから「儚い、最小限の権力」なのである。

手順4(記述プロセス):指定語句を核に要素を組み立てる。「実践」→ビッグマンが分かち合いを実践し続けること。「監視」→人々がそれを常に監視すること。結びの「を防いでいるから。」に繋がる目的語→権力が一人の人物に集中すること。これらを一文にまとめる。

結論:ビッグマンが分かち合いを実践し続けているかを常に監視することで、権力が一人の人物に集中すること(47字)

授業ではここまで扱う:権力の獲得・維持と喪失の因果を追跡する

本記事では、問3や問4に見られるような原因と結果の構造を把握するプロセスを解説した。しかし、実際の授業においては、これを単なる「今回の正解」として終わらせることはない。他の論説文にも応用できる読解の型を、客観的で汎用的な手順として整理する。

今回の本文では、「分かち合い」という行動を軸にして、権力を得る順方向の因果関係と、権力を失う逆方向の因果関係が見事に設計されている。こうした相反する流れを、以下の枠組みを用いて「原因(行動)」「周囲の評価・対応」「社会構造(結果)」へと分解・構造化する。

分析ステップ権力を獲得・維持するプロセス権力を喪失するプロセス
1. 原因(行動)モノや情報を率先して分け与える自らや家族のために蓄財し、分かち合わなくなる
2. 周囲の評価・対応人々からの信頼が高まり、人が集まる「ケチ」と見なされ、人々が彼のもとから離れる
3. 社会構造(結果)ビッグマンとして権力を持ち続けるビッグマンとしての権力を失い、一人への権力集中が防がれる

重要なのは、「ビッグマン=権力者」と単純な図式で固定して覚える(感覚で判断する)ことではない。プナン社会では、分かち合いの実践によって権力が生まれる一方、それをやめれば人々が離れ、権力を失うという仕組みが組み込まれている。権力を生み出す条件と、権力の集中を防ぐ仕組みの双方が、「分かち合い」という同じ社会規範を軸に成り立っているという二方向の因果関係を捉えることが重要である。

この因果の構造を追跡する読解手順を整理しておけば、別の論説文で複雑な社会構造や制度が論じられた際にも、同じ手順で本文の論理を正確に再現しやすくなる。

【埼玉県公立高校】国語(論説文)の対策と復習手順

今回の2025年度埼玉県公立高校入試の大問3では、特異な社会システムや抽象的な評価語(言葉の重み、穏やかでないなど)を、客観的な因果関係へと正確に変換する論理的な情報処理が求められている。対策において、感覚的な要約や、自身の常識への過度な依存は避けるべきである。

本文の内容を理解することと、初見の設問で正答までの手順を客観的に再現することは別である。問1で見られた「抽象的な条件を具体的事実に戻す手順」や、問5の「指定語句から逆算して必須要素を組み立てる手順」を他の過去問にも適用すると、読解手順の再現性を確認できる。

感覚だけで判断せず、常に「本文上の根拠はどこか」「どの行動が原因で、どのような評価や結果が生じているのか」を本文と照合し、自らの言葉で明確にできる状態にすること。こうした客観的な手順(設問要求の確定、根拠範囲の限定、誤答パターンの徹底的な排除など)を繰り返すことが、初見問題に対する読解と得点の再現性を高める。

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この記事を書いた人

千葉県・習志野市を拠点とする「習志野受験研究所」所長。10年以上の指導現場から得た知見をもとに、全国の入試問題を分析・発信しています。

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