【2006立教大学文学部】国語大問2『韓非子』解答解説|病の進行と反復構造から読み解く因果

『韓非子』に収められた名医・扁鵲(へんじゃく)と蔡桓侯(さいのかんこう)の説話では、早い段階で示された忠告を受け入れなかった結果、病が治療不能な段階にまで進行していく過程が描かれている。

こうした説話の思想的な枠組みは、文章の背景を深く理解するために有効である。しかし、テーマや知識を知っているだけでは、入試本番で正答を導き出すことはできない。正答へ近づくために重要なのは、漢文特有の句法を正確に処理し、本文に示された反復構造の中で「何が変化しているか」を客観的な「思考手順」として言語化することである。

目次

『韓非子』の要約と論理構造

本文全体を貫く構造的な特徴は、「扁鵲による診断・治療の勧告」と「桓侯がそれを受け入れない対応」の反復である。時間が経過するごとに、病気は「腠理(皮膚の表面)」から「骨髄」へと次第に深くなり、病の位置によって有効な治療法が異なり、骨髄に達すると人の医術ではどうすることもできなくなる。そして最終的に病気が骨髄に達すると、扁鵲は桓侯を見るなり引き返して走り去る。その理由を説明したのち、さらに五日たって桓侯が病に苦しみ始めたときには、扁鵲はすでに秦へ逃れていた。

漢文を読み進める際は、一文ずつの書き下し文作成に終始するのではなく、本文が「どのような事象の反復を通じて、事態の悪化という因果関係を描いているか」という構造を追跡することが、読解の前提となるマクロな視点である。

分析ステップ病気の位置(深さ)対応可能な治療法桓侯の対応
1. 初期段階腠理(皮膚の表面)湯熨(温める治療)病気ではないと否定し、扁鵲の診断を退ける
2. 進行(十日後)肌膚(皮膚の内部)鍼石(針治療)応じず、不快に思う
3. 重症化(さらに十日後)腸胃(内臓)火斉(漢方薬)応じず、不快に思う
4. 治療不能(さらに十日後)骨髄人間の医術ではどうにもならない(無奈何)扁鵲が見るなり走り去ったため、使者にその理由を尋ねさせる

【大問2】各設問の解答解説と思考手順

問(A) 線部(1)「立有間」の訓読

手順1(設問要求):「立有間」を、本文の状況に合う日本語として正しく訓読したものを選ぶ。

手順2(根拠範囲):冒頭の「扁鵲見蔡桓侯。立有間。扁鵲曰……」という一連の行動描写。

手順3(論理整理):「有間」は「しばらくの間がある」という意味の熟語である。扁鵲が桓侯に会い、立ったまましばらくしてから、病状について話し始めるという時間的な経過を表している。

手順4(選択肢比較):1の「うかがう」、3の「すきまをたもつ」、4の「まじわる」は、「有間」の意味を文脈から外れて誤訳しているため排除する。2の「へだてあり」も、対面している状況に合わない。したがって「立ちて、ほどあり(立ったまましばらく時間がたった)」と読むのが最も自然である。

結論:5(たちてほどあり)

問(B) 線部(2)「医之好治不病以為功」の解釈

手順1(設問要求):蔡桓侯の発言を、文の構造に沿って正確に現代語訳したものを選ぶ。

手順2(根拠範囲):扁鵲が退出した直後の桓侯の発言。

手順3(論理整理):語句を分解する。「医=医者」「好治=治療することを好む」「不病=病気でない者」「以為功=それを手柄とする」。つまり、自分が病気だと認めていない桓侯は、扁鵲の診断を「存在しない病気を治したことにして、自分の手柄を立てたがっているだけだ」と不快に受け取っている。

手順4(選択肢比較):2は「病気治療に専念する」と好意的な解釈になっており不適。3は「不病」を「治らない病気」と誤訳している。4は「病気でないこと」を「治療の効果」だと主張する意味にすり替わっている。5は原文の構造から大きく離れているため、厳密に排除する。

結論:1(病気でないものをことさら治療して手柄をたてようとする)

問(C) 線部(3)「桓侯故使人問之」の解釈

手順1(設問要求):扁鵲が突然立ち去ったあと、桓侯がどのような行動を取ったのかを正しく説明したものを選ぶ。

手順2(根拠範囲):病気がさらに進行した段階で、扁鵲が「桓侯を見て逃げ出した(望桓侯而還走)」という直前の異常行動。

手順3(論理整理):これまで扁鵲は病状を説明していたが、今回は桓侯を見るなり引き返して走り去った。そこで桓侯は、人を遣わしてその理由を尋ねさせた、と因果関係を整理する。

手順4(選択肢比較):1は「故郷へ使者を遣わして探させた」としているが本文にない。2は「行方を尋ねさせた」としているが、この段階では逃げた理由を問うている。3の「もとの使者」、5の「大勢の人を集めて」は、いずれも「使人」の解釈として不自然な情報を付加しているため排除する。「わざわざ使者を遣わして」という4の記述が本文の因果関係と最も整合する。

結論:4(わざわざ使者を遣わして、その理由を質問させた)

問(D) 線部(4)「無奈何也」の訓読

手順1(設問要求):「無奈何也」を、意味と句法に合うように正しく訓読する。

手順2(根拠範囲):病気が骨髄に達した場合の治療法についての説明部分。

手順3(論理整理):「奈何」は「どうする・どうしたらよいか」の意であり、「無奈何」で「どうすることもできない」となる。病気が骨髄に達すると人間の医術で対処できる段階を越えてしまうということである。

手順4(選択肢比較):1は「いかんぞなすなけん」と反語の形にしており不適。3は「いかんなればならん」と条件のような意味にしている。4の「なにをなさんとす」は未来の意志を問う形になり誤り。5の「なきこといかん」は原文の構造を無視している。

結論:2(いかんともするなし)

問(E) 「請」の目的語

手順1(設問要求):「臣是以無請也」の「請(申し出る)」について、省略されている目的語として最も適切なものを選ぶ。

手順2(根拠範囲):直前で扁鵲が列挙している、病気の各段階に対する「湯熨・鍼石・火斉」といった対処法の文脈。

手順3(論理整理):病気が骨髄に達した現在は、もはや「いかんともするなし(治療法がない)」状態である。したがって、「だから私はもう(〇〇について)申し出ることがないのだ」の〇〇には、直前まで一貫して話題になっていた「治療」が入るのが最も自然である。

手順4(選択肢比較):1の「鍼石」は肌膚の段階に限定された治療法の一つにすぎない。2の「人間」、3の「生命」は文脈に合わない。4の「病気」そのものを申し出るわけではないため排除する。

結論:5(治療)

授業ではここまで扱う:反復構造と一部分の変化の追跡

本記事では、句法の処理や省略された目的語の特定プロセスを解説した。しかし、実際の授業においては、これを単なる「今回の問題の解説」として終わらせることはない。他の漢文にも応用できる論理の読み方を、客観的で汎用的な手順として整理する。

今回のように、同じ構造の場面が反復される漢文では、その反復の中で「何が変化しているか」を追うことが重要である。以下の枠組みを用いて、時間の推移とともに何が変化しているかを追跡する。

  1. 時間経過の確認(いつのことか)
  2. 状況の変化(何が変わったか)
  3. 登場人物の対応(それに対してどう動いたか)

今回の『韓非子』の論理展開にこの手順を当てはめると、次のように可視化される。

分析ステップ時間経過病気の位置後に示される治療法・治療可否扁鵲の対応桓侯の対応
1回目最初の対面腠理(ごく浅い)湯熨治療しなければ深くなると警告病気ではないと否定し、扁鵲の診断を退ける
2回目居十日(十日後)肌膚(少し深くなる)鍼石治療しなければ深くなると警告応じず、不快に思う
3回目居十日(十日後)腸胃(さらに深くなる)火斉治療しなければ深くなると警告応じず、不快に思う
4回目居十日(十日後)骨髄(極めて深い)無奈何(どうすることもできない)桓侯を見るなり、何も言わず引き返して走り去る理由が分からず、使者に尋ねさせる

重要なのは、一文ごとの現代語訳に追われて全体像を見失わないことである。この「同じ構造+一部分の変化」を捉える読解手順を整理しておけば、別の漢文の説話問題でも、指示語の内容や省略された目的語を直前の文脈から正確に補いやすくなる。

【立教大学】国語(漢文)の対策と復習手順

今回の2006年度立教大学(文学部)の大問2では、漢文特有の句法(奈何など)や否定語(不病など)の正確な処理に加え、反復される文脈の中から指示語や省略された目的語を特定する論理的な情報処理が求められている。対策において、句法の暗記だけに頼る学習や、感覚的な現代語訳だけで満足する学習は避けるべきである。

本文のストーリーを理解することと、初見の設問で正答までの手順を客観的に再現することは別である。問(C)や問(E)で見られた「直前の行動から省略・指示内容を補う手順」や、「継続している話題から省略された語を補う手順」を他の過去問にも適用すると、読解手順の再現性を確認できる。

感覚だけで判断せず、常に「本文上の根拠はどこか」「どの文脈の反復において、何が変化したのか」を本文と照合し、自らの言葉で明確にできる状態にすること。こうした客観的な手順(設問要求の確定、根拠範囲の限定、誤答パターンの徹底的な排除など)を繰り返すことが、初見問題に対する読解と得点の再現性を高める。

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この記事を書いた人

千葉県・習志野市を拠点とする「習志野受験研究所」所長。10年以上の指導現場から得た知見をもとに、全国の入試問題を分析・発信しています。

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