本文章では、人類の言語は単なる情報伝達の手段ではなく、共同作業や社会関係を維持する必要性とも深く結びついて発達してきたものとして論じられている。今回の問題では、人類の言語や社会構造という大きなテーマを扱いながら、社会の変化と、それによって必要となった言語・知的能力との因果関係を正確に追うことが求められている。
こうした人類学や社会学の知的な枠組みは、文章を深く理解する背景として有効である。しかし、テーマ(知識)を知っているだけでは、入試本番で正答を導き出すことはできない。正答へ近づくために重要なのは、本文に示された社会的条件と、そこから必要となる能力・言語との関係を、因果に沿って客観的に整理する「思考手順」の言語化である。
西田正規『人類史のなかの定住革命』の要約と論理構造
本文全体を貫く構造的な特徴は、それぞれの社会的条件のもとで何が必要となり、それに言語や知的能力がどのように対応するのかという因果関係の反復である。本文では、言語の役割として大きく二つの側面が示されている。一つは、大規模な狩猟において多数の人間を組織化する「仕事をする言語」。もう一つは、道具の所持によって増大した暴力の危険を抑え、社会の危機を避ける「安全保障の言語」である。
文章を読み進める際は、人間や類人猿を取り巻く「社会的条件」と、それに対応して必要となる「能力・言語」という因果のネットワークを正確に追跡することが、読解の前提となるマクロな視点である。
| 設問 | 問われる内容・スキル | 対象箇所・テーマの論理構造 |
| 問一 | 漢字の書き取り(文脈からの語義特定) | A利潤 / B崖 / C極致 / D警戒 / E膨張 |
| 問二 | 理由・条件説明(因果関係の特定) | 「仕事をする言語」が必要となる社会的条件 |
| 問三 | 役割説明(社会的条件と能力の対応) | 類人猿の高い知的能力・高度な表現能力が果たす社会的役割 |
| 問四 | 概念の抽象化と統合(文章全体の俯瞰) | 「原初的な言語」の機能と本質の統合 |
【大問1】各設問の解答解説と思考手順
問一 傍線部A〜Eの漢字の書き取り
・手順1(設問要求):傍線部A〜Eのカタカナ部分を、文脈に即した一般的な漢字で表記する。
・手順2(根拠範囲):各傍線部を含む一文、およびその前後の修飾関係を確認する。
・手順3(論理整理):同音異義語を排除するため、前後の語句から意味を特定する。Aは「収穫」と並列される利益、Bはウマを「追い落とす」地形、Cは「狩の技術」の到達点、Dは危険を伝える「音声」、Eは「肥大」と並んで規模の拡大を表す語、とそれぞれ文脈を整理する。
・手順4(要素検証):特定した意味に合致する正確な漢字を導き出す。
・結論:A利潤、B崖、C極致、D警戒、E膨張
問二 「仕事をする言語」の必要性が生じるとき
・手順1(設問要求):傍線部①「仕事をする言語」の必要性が生じるのはどのようなときかを、30字以内で説明する。
・手順2(根拠範囲):傍線部①の前後(「組織化」「協同」「共同作業」が集中する箇所)を特定する。
・手順3(論理整理):単なる個人の狩猟ではなく、「多数の人間を組織化・協同させ、共同作業を円滑に進める」という社会的条件と、そのために「言語が必要になる」という因果関係を整理する。
・手順4(要素検証・誤答案の排除):「狩猟をするとき」といった表面的な具体例の記述を排除し、言語の必要性を生んだ根本原因である「組織化と協同」に要素を絞り込む。
・結論:共同作業の円滑化に人々の高度な組織化と協同が必要なとき。(28字)
問三 類人猿の「高い知的能力」「高度な表現能力」が果たす役割
・手順1(設問要求):傍線部②の能力が、類人猿の社会においてどのような役割を持つのかを25字以内で説明する。
・手順2(根拠範囲):類人猿の社会構造について論じられた後半部分。
・手順3(論理整理):「生物学的な統合原理を持たない社会」という前提条件から、「複雑な社会的関係の中で、社会を統合・維持する」という目的への論理の方向性を整理する。
・手順4(要素検証・誤答案の排除):「道具を使うため」「食物を得るため」といった要素は、類人猿の高度な知性を説明するには不十分であると本文で退けられているため、これらを答案から厳密に排除する。
・結論:生物学的な統合原理のない社会を統合し維持すること。(25字)
問四 「原初的な言語」とはどのような言語か
・手順1(設問要求):傍線部③「原初的な言語」の機能と本質を、文章全体を踏まえて60字以内で説明する。
・手順2(根拠範囲):本文冒頭(話者の気分や感情の動きに沿う言葉)、中盤(ムダ話や挨拶による緊張の解消)、結び(安全保障の言語)の3箇所から要素を抽出する。
・手順3(論理整理):道具の獲得による「暴力の破壊力増加」が「社会的危機」を生み、それを避けるために「緊張を解消する」という一連の因果関係の連鎖を単純化し、統合する。
・手順4(要素検証・誤答案の排除):「ムダ話や挨拶をする言語」という具体例にとどまる解答を排除し、それらが機能する目的(暴力の抑制と社会の危機回避)まで抽象化された要素が過不足なく含まれているかを検証する。
・結論:気分や感情に沿う言葉で緊張を解消し、道具で破壊力の増した暴力を抑えて社会の危機を避ける安全保障の言語。(51字)
授業ではここまで扱う:因果関係の型を用いた読解手順
本記事では、言語や知的能力の役割を本文から抽出するプロセスを解説した。しかし、実際の授業においては、これを単なる「今回の正解」として終わらせることはない。他の抽象的な論説文にも応用できる因果関係の読み方を、客観的で汎用的な手順として整理する。
抽象的な評論文では、用語をそのまま暗記するのではなく、以下の3段階の枠組みを用いて因果関係の推移を構造化する。
- どのような社会的条件にあるのか(背景条件)
- その条件のもとで何が必要になるのか(社会的要請)
- その必要に何が対応するのか(能力・言語の役割)
今回の『人類史のなかの定住革命』の論理展開にこの手順を当てはめると、次のように可視化される。
| 分析ステップ | 「仕事をする言語」 | 類人猿の高い知的能力・高度な表現能力 | 「安全保障の言語」 |
| 1. 社会的条件 | 多数による大規模な共同作業 | 生物学的な統合原理を持たない社会 | 棒や石によって暴力の破壊力が大きい社会 |
| 2. 社会的要請 | 多数の人間を組織化・協同させる | 社会を統合し、維持する | 緊張や暴力を抑え、社会の危機を避ける |
| 3. 対応する能力・言語 | 仕事をする言語 | 高い知的能力・高度な表現能力 | 安全保障の言語 |
重要なのは、個別の語彙を固定して覚えることではない。社会的条件を捉え、その条件のもとで何が必要となり、どの能力・言語がそれに対応するのかを客観的に整理することである。この関係を読解手順として整理しておけば、別の記述問題でも同じ観点から本文を処理しやすくなる。
【一橋大学】現代文の対策と復習手順
今回の2026年度問題では、抽象的な議論の中から、社会的条件のもとで何が必要となり、どの能力・言語がそれに対応するのかという因果関係を正確に抽出する論理的な読解が求められている。しかし、対策において感覚的な要約やひらめきに頼る学習は避けるべきである。
本文の内容を理解することと、初見の設問で正答までの手順を再現することは別である。問二で見られた「原因と結果の整理」や、問四の「文章全体からの因果関係の統合」といった手順を他の過去問にも適用すると、読解手順の再現性を確認できる。
感覚だけで判断せず、常に「本文上の根拠は何か」「どのような社会的条件があり、その条件のもとで何が必要となり、どの能力・言語がそれに対応しているのか」を本文と照合し、自分の言葉で説明できる状態にすること。こうした客観的な手順(設問要求の確定、根拠範囲の限定、答案の要素検証など)を繰り返すことが、初見問題に対する読解と記述の再現性を高める。

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