今回の文章では、SNSやメタバースなどにおける「自己デザイン」の可能性を取り上げながら、自由に自分を作り替えられることが〈私〉の存在にどのような問題をもたらすのかが論じられている。自己デザインが開く可能性を認めたうえで、その自由が大きくなりすぎたとき、「デザインできない有限な〈私〉」へ目を向けるという構成である。
しかし、テーマについての知識だけで安定して正答できるわけではない。本番で正答を導くには、客観的な「思考手順」の言語化が重要である。本記事では、大問4の中から読解手順を一般化しやすい主要な設問を抜粋し、その具体的なプロセスを提示する。
『〈私〉を取り戻す哲学』(岩内章太郎)の要約と論理構造
本文は、「自己デザイン」の可能性を認めつつも、自由になりすぎた自己デザインがもたらす問題点を指摘し、最終的に「デザインできない有限な部分」に〈私〉の確かな存在を見いだすという構成になっている。
読解の前提として、以下のマクロな視点(全体の構造)を整理しておくことで、各設問が本文のどの部分を根拠としているのかを位置づけやすくなる。
| 構造の展開 | 内容の要点 |
| 自己デザインの前提 | 私たちは日常的に、服装や言葉遣いを調整し、他者からの見られ方を意識して自分を表現(自己デザイン)している。 |
| サイバースペースでの可能性 | SNSやメタバースでは現実より自由に自己デザインでき、新しい人間関係や欲望を経験できる(可能性)。 |
| 自己デザインの自由度が高まる危険 | しかし、何でも自由に作り替えられると、逆に「〈私〉とは何者なのか」が分からなくなる危険が生じる。 |
| 有限性への着目(結論) | 弱さや脆さなど、自分の思い通りに「デザインできない部分(有限性)」が残るからこそ、〈私〉の存在を実感できると論じる。 |
【大問4】各設問の解答解説と思考手順
(イ)「られる」の意味
- 手順1(設問要求):線Ⅰ「られる」と同じ意味で使われているものを選択肢から一つ選ぶ。
- 手順2(根拠範囲):傍線部を含む「学校ではシャイで、友達に話しかけられると……」という一文の文法構造に限定する。
- 手順3(論理整理):「られる」という形だけで意味(受身・可能・自発・尊敬)を判断してはならない。「友達がその人に話しかける」という能動の関係を確認すると、本文はそれを受け手側から「その人が友達に話しかけられる」と表している。「友達に」は動作主にあたり、ここでの「られる」は【受身】と確定できる。
- 手順4(選択肢比較):
- 1の「抜けられる」は「抜けることができる」という【可能】である。
- 2の「出かけられる」は先生の行為を高める【尊敬】である。
- 3の「案じられる」は自然にそう思われるという【自発】である。
- 4の「兄に助けられる」は、「兄が助ける」を「兄に助けられる」とした構造であり、本文と同じ受身の用法である。
- 結論:本文と同じ受身の用法である4が正答となる。
(オ)「ここには、ポジティブな可能性がある」の内容
- 手順1(設問要求):傍線部2「ここには、ポジティブな可能性がある。」とはどのようなことか。最も適するものを選ぶ。
- 手順2(根拠範囲):傍線部の前後にある、自己デザインがもたらす恩恵について述べられた二つの具体例(SNSとVR)の段落に限定する。
- 手順3(論理整理):二つの具体例を共通化(抽象化)する。SNSの例からは「新しい他者関係を作れる」、VRの例からは「現実とは異なる身体と欲望を体験できる」という要素を抽出する。これらをまとめ、「自己デザインの柔軟性によって、新しい人間関係や、現実とは異なる身体・欲望のあり方を経験できること」と論理を整理する。
- 手順4(選択肢比較):
- 2は、「別の要素まで受け入れてもらえる」という本文にない内容を加えているため排除する。
- 3は、「人間特有の欲望を持ち続ける」としているが、蜘蛛の身体になることで欲望も変化するという本文の記述と逆転している。
- 4は、「現実世界と同じ制約の中」としており、サイバースペースによって制約を打ち破るという本文の論旨と矛盾する。
- 結論:二つの具体例の共通要素を過不足なく捉えている1が正答となる。
(カ)「デザインできない部分」が〈私〉の存在を示す理由
- 手順1(設問要求):傍線部3「デザインできない部分があるからこそ……手触りを感じられる」とはどういうことか、最も適するものを選ぶ。
- 手順2(根拠範囲):傍線部の直前にある「どこに確かな〈私〉があるのか分からなくなる」という問題提起から、傍線部に至るまでの対比構造に限定する。
- 手順3(論理整理):「何でも変えられる場合」は「どれが本当の〈私〉か分からなくなる」のに対し、「変えられない部分(限界)が残る場合」は「そこに〈私〉の存在を実感できる」という対比を整理する。つまり、デザインできない部分は欠点ではなく、〈私〉の存在を確かめるための抵抗や手触りとして機能していると確定する。
- 手順4(選択肢比較):
- 1は、「変更可能な部分が目立ち、自分の可能性を自覚できる」と論点をすり替えている。
- 3は、「他者に手伝ってもらう」という本文にない補助関係を付け加えている。
- 4は、「変化し続ける〈私〉を実感する」としているが、筆者が注目しているのは、自由に変更できない有限な部分の存在である。
- 結論:どれだけ自己デザインしても演出できない部分が残ることで、〈私〉の存在そのものを実感できるとしている2が正答となる。
授業ではここまで扱う:論説文における「対比構造の整理」
本記事で解説した(カ)のように、論説文において筆者の主張を正確に捉えるには、単にキーワードを拾うのではなく、筆者が何を対比させ、最終的にどちらを(あるいはどのような新しい視点を)評価しているのかを客観的に確定する手順が必要となる。
実際の授業では、感覚的な要約を排し、さらに次の3段階に分けて「対比から主張を抽出する」手順を身につけさせる。
| 分析の段階 | 思考手順 | 今回の問題における適用例 |
| 段階1:対比される二項の確定 | 本文中で対照的に描かれる概念を抜き出す。 | 「自由に作り替えられる、デザインされた〈私〉」と「自由には変えられない有限な〈私〉」を対比する。 |
| 段階2:それぞれの帰結の整理 | 二項が何をもたらすかを確認する。 | 前者は自由度が高まりすぎると「〈私〉が何者か分からなくなる」危険を生み、後者は「〈私〉が確かに存在する」という手触りを与える。 |
| 段階3:筆者の立場の言語化 | 対比を踏まえて最終的な主張を確定する。 | 自己デザインの可能性を認めつつ、デザインできない有限性にも目を向ける必要があると整理する。 |
重要なのは、対比の一方だけを切り取って「こちらが正しい」と固定して覚えることではない。上記のように、対比の軸を設定し、それぞれの結果を比較し、筆者の着地点を客観的に追う。設問に応じて、どの対比情報を根拠として使うかを適切に使い分けることが、同種の論説文問題を処理するうえでも重要となる。
【神奈川県公立高校】国語の対策と復習手順
本文のテーマや筆者の主張を「理解した・知っている」ことと、初見の設問に対して正答までの手順を「再現できる」ことは全く別である。解説を読んで納得しただけでは、初見問題で同じ処理ができるとは限らない。
初見問題でも同じ処理を再現するためには、本記事で示した客観的な手順を徹底することが求められる。失点した問題では、単に正答を覚えるのではなく、「助詞の働きから文法構造を確定する処理(イ)」「複数の具体例から共通項を抽象化する処理(オ)」「前後の対比から傍線部の意味を確定し、誤答を排除する処理(カ)」のどこで処理を誤ったのかを確認する。同じ手順を別の初見問題でも反復して適用し、自らの言葉で明確にできるようになることが、復習の中心となる。

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