難関私大の現代文、とりわけ上智大学などの上位校では、私たちが普段当たり前のように使っている言葉の意味を根本から問い直す文章が出題されることがある。2005年度の上智大学法学部で出題された中村雄二郎の『共通感覚論』も、まさに「表現」や「知識」「常識」といった言葉を哲学・社会学的な視点から再定義し、読者の認識を揺さぶる知的な文章である。
「芸術家が作品を作ることだけが表現ではない。何もしないこと、沈黙することすらも、社会関係の網の目の中では一つの表現(行為)となる」――このような思想の型や背景知識をあらかじめインプットしておくことは、筆者の論理展開を予測しやすくする強力な武器となる。
しかし、出題テーマや背景知識を知っているだけでは、実際の入試本番で安定して正答を導けるとは限らない。巧妙にすり替えられた選択肢の罠を見抜き、確実に得点を重ねるには、本文の論理関係を客観的に辿る「思考手順」の言語化が不可欠である。本記事では、上位校の現代文を攻略するための具体的な処理プロセスを解剖する。
中村雄二郎『共通感覚論』の要約と論理構造
評論文の分析においてまず行うべきは、筆者が日常的な言葉をどのように「再定義」して論を展開しているかを捉えることである。本問では、「表現」「知識・理論・技法」「常識」という三つのキーワードが、一般的な意味から拡張、あるいは限定されて用いられている。
| キーワード | 一般的な意味(読者の思い込み) | 筆者による捉え直し(本文での意味) |
| 表現 | 芸術家が作品を作ること。積極的な自己主張。 | 人間関係や社会の網の中での振る舞い。「何もしないこと」すらも意味を帯びた行為となる。 |
| 知識・理論・技法 | 日常経験から切り離された、専門的で普遍的な体系。 | 個々人の日常経験や社会的実践と結び付けられてこそ、自分のものとなり、現実に生きる知恵となるもの。 |
| 常識 | 誰もが持っている一般的な感覚や知識。 | 特定の文化や社会の中で共有され、疑うことすら忘れて自明視されている隠れた前提。 |
この「一般的な意味」と「筆者による捉え直し」のズレ(対照と重なり)をマクロな視点で視覚化しておくことで、選択肢の中に混入された「一般論へのすり替え」に気づきやすくなり、設問要求に対して冷静にアプローチすることが可能になる。
【大問1】代表設問の解答解説と客観的思考プロセス
入試本番で受験生が自力で正答を導き出すためには、単なる結果の解説ではなく、再現可能な「手順」が必要である。本問の論理構造と選択肢処理を確認しやすい代表的な設問を取り上げ、客観的な処理プロセスを提示する。
【理由説明】因果関係の特定と主客の整理(問三)
傍線部3「私たちはそれらと無関係でいることはありえない」理由として、もっとも適切なものを一つ選べ。
- 手順1(設問要求):人間が社会や政治と「無関係でいることはありえない」理由を特定する。
- 手順2(根拠範囲):傍線部直前の「人間関係・社会関係の網のなかで生きている」および、「なにもしないことでさえ一つの行為になり、なんらかの意味を帯びてくる」という段落。
- 手順3(論理整理):人間は他者との関係網の中にいるため、本人が意図しなくても、表情や行動、さらには「何もしないこと」でさえ何らかの意味を表現してしまう。表現する以上、社会や政治と無関係ではいられない、という因果関係を整理する。
- 手順4(選択肢比較):
- a(創造行為=政治活動)は、あらゆる創造行為が必ず社会や政治によって統制されるという説明へ飛躍しているため排除。
- c(社会や政治が意味を考えている)は、行動が社会的・政治的な意味を帯びることを、本人が社会や政治の意味を常に意識的に考えていることへすり替えているため排除。
- d(関わろうとする)は、人間が社会や政治に関わろうとする意思を常に持つとしているが、本文は、本人の意思にかかわらず表現し、意味を生じさせてしまうと述べているため排除。
- 結論:正答は「b(ひとは他の人々とのつながりのなかで否応なしになにかを表現している存在であり、それゆえ社会や政治において必ずなんらかの役割を果たしていると言えるから)」。
【否定極性】具体例の抽象化と異物排除(問五)
傍線部5「画期的な作品」であるのはなぜか。その理由として適切ではないものを、次の中から一つ選べ。
- 手順1(設問要求):デュシャンやケージの作品が画期的である理由として、「適切ではないもの」を一つ選ぶ(否定極性)。
- 手順2(根拠範囲):両者の作品例(既製品である便器の展示、演奏者が意図的な音を出さず、会場の環境音を聞かせる演奏)が提示された段落と、その直後の「つくることや表現することのなんたるかを、根本から問いなおしたもの」という抽象的説明部分。
- 手順3(論理整理):画期的な理由は、単に奇抜だったからではなく、「手を加えたものが芸術か」「演奏者が意図的な音を出すことだけが音楽なのか」という従来の前提(常識)を根本から問い直したことにある。
- 手順4(選択肢比較):
- a(日常生活にあるものも芸術になる)、b(手を加えないことも芸術になる)、c(芸術と思われないものが芸術性を提示した)は、いずれも従来の芸術観を問い直した意義として本文と合致するため「適切」である。
- d(想像もつかなかった発想の新奇さに芸術性を求めている)は、単なる奇抜さを評価したことになり、本文の「根本から問いなおした」という意義から外れる。
- 結論:正答は「d」。
【概念比較】「知識」と「常識」の属性を分離する型(問七)
波線部A「知識や理論や技法」と、波線部B「常識」について、それぞれの特徴として当てはまるものをすべて選べ。
- 手順1(設問要求):専門的な知識(A)と、日常の常識(B)のそれぞれの属性を特定し、合致するものをすべて選ぶ。
- 手順2(根拠範囲):本文後半の、知識・理論・技法が「日常経験から独立したもの」として語られる段落と、常識が「共通の日用経験の上に立つ」と語られる段落。
- 手順3(論理整理):専門的な知識や理論は、日常経験から独立し、普遍的価値を持つものと考えられやすい。一方、常識は共通の日常経験を基礎として形成され、自明視されるため認識しにくい。
- 手順4(選択肢比較):
- A(知識や理論や技法)には、2(日常経験から独立したものとして考えられている)と、4(一般的には普遍的な価値を持つと考えられている)が合致する。
- B(常識)には、3(認識しにくい、証明不要の知を要素として持っている)が合致する。1(一般的な感覚、印象)は常識を矮小化しており不適。
- 結論:Aは「2・4」、Bは「3」。
【否定極性】原因のすり替え検知(問九)
傍線部8「その共通性と安定性は、概して一つの文化、一つの社会のうちのものである」のは何故か。その理由として適切ではないものを一つ選べ。
- 手順1(設問要求):常識の共通性と安定性が一つの文化・社会に基づく理由として、「適切ではないもの」を一つ選ぶ(否定極性)。
- 手順2(根拠範囲):常識は「一つの文化、一つの社会の人々の共通の日常経験」の上に立つ知であると説明している段落全体。
- 手順3(論理整理):同じ文化や社会の中で似た生活を送り、共通の慣習や制度を持つことで常識に共通性が生まれる。ここには経済水準の高さといった条件は提示されていない。
- 手順4(選択肢比較):
- b(衣食住の様式化)、c(道徳感)、d(政治形態)は、いずれも文化や社会を構成し、共通の経験を形成する要素として本文の趣旨に合致するため「適切」である。
- a(ある一定の高い生活水準に達した社会では…)は、本文に一切記述のない「高い生活水準」という条件を原因として勝手に付加しているため不適切である。
- 結論:正答は「a」。
授業ではここまで扱う:否定極性の処理フレームワーク
本記事の解説を読み、「なるほど、そういう意味だったのか」と納得するだけでは実戦的な読解力とは言えない。実際の授業では、特定の問題の答えを教えること以上に、初見の問題に遭遇した際に自力で罠を見抜くための「型」を徹底的に身につけさせる。
今回の問題(問五、問九、問十一)で頻出しているのが、「適切ではないもの」「合わないもの」を選ばせる「否定極性」の問題である。多くの受験生は、選択肢を漫然と読み、何となく違和感のあるものを選んで失点パターンに陥りやすい。「適切ではないもの」を選ぶ問題では、選択肢の中から、本文との矛盾、本文にない条件、因果の逆転、過剰な一般化などを含む要素を検知する必要がある。
実際の授業では、これを防ぐために以下の3段階の処理手順(フレームワーク)を適用する。
| 読解プロセス | 思考のステップ | 本文(問九)での適用例 |
| 1. 設問極性のロック | 問題文の「適切ではない」「合わない」に印をつけ、探すべきものが「異物」であることを認識させる。 | 「理由として適切ではないもの」をマークする。 |
| 2. 本文の要件抽出 | 該当箇所の前後から、筆者が設定している「条件」や「原因」を客観的に抜き出し、箇条書きにする。 | 常識が共有される原因 = 「一つの文化」「一つの社会」「共通の日常経験」。 |
| 3. 異物の検知 | 本文の条件から外れる要素を「異物」として検知する。 | b, c, dは文化・社会の要素。aの「高い生活水準」は本文にない異物(ダミー条件)であると特定する。 |
重要なのは、特定の文章の解説を固定して覚えることではない。設問の状況の変化(肯定で聞かれているか、否定で聞かれているか)を冷静に捉え、別の問題にもそのまま転用できる客観的な読解手順として整理し、運用することである。
【上智大学】現代文の対策と復習手順
上智大学をはじめとする難関私大の現代文において、「なんとなく筆者の言いたいことは分かった」という感覚的な理解と、制限時間内に初見の設問で正答までの手順を再現できることとの間には、大きな壁が存在する。
過去問演習を行う際は、以下の手順を徹底すること。
- 言葉の再定義を可視化する本文中で「一般的な意味」と「筆者の独自の意味」がズレているキーワードを発見したら、問題用紙の余白に簡単な対比メモを残す。選択肢が一般論へすり替えられた際に、客観的に排除するための基準となる。
- 否定極性の問題を絶対に落とさない「適切ではないもの」を選ぶ問題は、本文のロジックから外れた「異物(ダミー)」を検知する作業である。選択肢のどこに本文と合致しない要素(過剰な条件、逆転、無関係な一般論)が含まれているかを、一言一句徹底的に照合する。
- 解答のプロセスを言語化する答え合わせをして解説を読むだけの学習から脱却する。正解した問題であっても、「なぜ他の選択肢を排除できたのか」を、本記事で示したような客観的な手順(根拠範囲の限定、誤答の型の排除)に沿って、自らの言葉で明確に説明できる状態まで復習する。
高度な文章であっても、問われているのは極めて論理的な処理能力である。客観的な判断手順を反復し、自らの思考プロセスを明確に言語化できるようになることが、入試本番での確実な得点力に繋がるのである。

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