「四角」と「丸」の比喩に託された概念の対照関係を捉える
古文の読解において、教訓や世情を論じた文章に出会った際、多くの学習者は単語の一語一語を現代語訳することに終始し、筆者が提示している概念の対比構造を見落としてしまいがちである。しかし、高校入試の国語において問われるのは、逐語訳の暗記にとどまらず、導入部で与えられた語注を手がかりに、一見抽象的な概念がどのような具体的イメージ(比喩)によって説明され、人間のあり方と結びつけられているのかを客観的に読み解く力である。
2025年度の山口県公立高校入試・国語の大問3で出題された江島為信の『身の鏡』は、江戸時代前期の武士である筆者が、「有る人(ある人物)」から聞いた「理」と「仕合」にまつわる話を書き留めた文章である。冒頭で「理=物事の筋道」「仕合=物事のめぐり合わせ」と定義された上で、前者が「四角・不動・善人」、後者が「丸・転回・善悪不問」という対照的な形状・性質にたとえて説明される。筆者はその発想の新奇さに触れつつも、物事の本質を言い当てた話として深く納得している。
本問を正確に解き切るためには、歴史的仮名遣いの基本規則と解答条件(すべて平仮名)の遵守、生徒同士の会話文における要約からの逆算による19字抜き出し、語注「丈夫」を活用した選択肢判定、そして「をかし」と「もっともなり」という二重の評価語の分析が必要である。本稿では、全問についてその思考プロセスを分解・明示する。
『身の鏡』(江島為信)の要約と論理構造
本文は、ある人物からの問いかけを契機として、「理」と「仕合」の対照的な性質が語られ、筆者がその説明の的確さを評価して書き記すという構成を持つ。
- 論理の全体構造
- 導入(問いかけと回答の開始)ある人物が筆者に対し、「理と仕合というものの形を知っているか」と尋ねる。筆者が「知らないので教えてほしい」と請うと、その人物は両者の形状と性質を対比して語り始める。
- 「理」の性質(四角・不動・善人)「理」は四角いものであり、動くことなく、才知の抜きんでた人物(丈夫)にある。物事の筋道である「理」は善人の前にだけ存在し、悪人には手に入れがたいものである。
- 「仕合」の性質(丸・転回・善悪不問)「仕合」は丸いものであり、定まった場所を持たず、転がり回る。めぐり合わせである「仕合」は、当然ながら善人の前にも行き、また悪人の前にも行く。
- 結び(筆者の評価と執筆)筆者はこの話を、形にたとえる発想自体は風変わり(をかしき事)であると受け止めつつも、道理にかなっており納得できる(もっともなる事)と考え、ここに書き記した。
「理」と「仕合」の対比マトリクス
| 比較項目 | 理(物事の筋道) | 仕合(物事のめぐり合わせ) |
| たとえられた形状 | 四角なる物 | 丸き物 |
| 動態・あり方 | 不動にして、丈夫(才知の抜きんでた人物)にある。 | さして有る所定まらず、転びまはりて動く。 |
| 訪れる対象 | 善人の前ばかりにあり、悪人には求めがたい。 | 善人の前にも行き、また悪人の前にも行く。 |
| 性質の整理 | 物事の筋道。本文では「丈夫」にあり、「善人の前ばかりにある」とされる。 | 物事のめぐり合わせであり、善人にも悪人にも訪れるもの。 |
全問解答一覧
| 問 | 正答・答案 | 形式・条件 |
| (一) | ころびまわりて | 歴史的仮名遣いを現代仮名遣いに直す(すべて平仮名) |
| (二)ア | 善人の前にも行き、また悪人の前にも行く | 会話文連動・抜き出し(古文中から19字・句読点処理) |
| (二)イ | 2 | 会話文・内容選択(最も適切なものを1つ) |
| (三) | 3 | 理由選択(最も適切なものを1つ) |
【大問3】各設問の解答解説と思考手順
(一)「転びまはりて」を現代仮名遣いに直す
- 手順1(設問要求と指定条件):
- 本文中の「転びまはりて」を現代仮名遣いに直す。
- 条件:すべて平仮名で書くこと。漢字を平仮名に直す指定を見落とさないように注意する。
- 手順2(歴史的仮名遣いの規則適用):
- 古文における歴史的仮名遣いでは、語中・語尾のハ行音(は・ひ・ふ・へ・ほ)は、現代仮名遣いでは原則としてワ行音(わ・い・う・え・お)に改める。
- 「まはりて」の「は」は語中にあるため、「わ」と表記する。
- したがって、「まはりて」 $\to$ 「まわりて」となる。
- 手順3(表記条件の確認):
- 語頭の漢字「転び」を平仮名「ころび」に変換する。
- 「ころび」+「まわりて」=「ころびまわりて」。
- 結論:ころびまわりて
(二)ア 「仕合」の性質(19字抜き出し)
- 手順1(設問要求と指定条件):
- AさんとBさんの会話文中の空欄Ⅰに入る内容を、古文中から19字でそのまま抜き出す。
- 手順2(会話文の文脈からの逆算):
- Aさんの発言を精査する。「それなら、『仕合』については、[ Ⅰ ]と述べているので、めぐり合わせはどんな人のもとにも訪れるということになりますね。」
- 空欄直後の「めぐり合わせはどんな人のもとにも訪れる」というまとめに着目する。
- 求めるべき箇所は、単に「転がり回る」という動作だけでなく、「どのような人のところへ行くのか」を具体的に説明した記述である。
- 手順3(本文該当箇所の特定と字数計算):
- 本文の「仕合」に関する記述を精査する。「仕合といふ物は、丸き物にて、さして有る所定まらず、転びまはりて、もっとも善人の前にも行き、また悪人の前にも行く。」
- 文字数計算:善(1)・人(2)・の(3)・前(4)・に(5)・も(6)・行(7)・き(8)・、(9)・ま(10)・た(11)・悪(12)・人(13)・の(14)・前(15)・に(16)・も(17)・行(18)・く(19)$\to$ 読点「、」を含めてちょうど19字となる(末尾の句点「。」は枠外のため含めない)。
- 結論:善人の前にも行き、また悪人の前にも行く
(二)イ 「理」と「善人」の結びつき(内容選択)
- 手順1(設問要求):
- 会話文の空欄Ⅱに入る内容として最も適切なものを1〜4から一つ選択する。
- 手順2(根拠範囲と注釈の確認):
- 会話文の文脈:Bさん「古文中の『理』の説明の部分には、『丈夫にあり』とあるので、善人は[ Ⅱ ]と考えてみてはどうでしょう。」
- 本文の記述:「理といふ物は、四角なる物なり。不動にして丈夫にあり。……善人の前ばかりにあり、悪人の求めがたき物なり」
- 語注の適用:
- 問題文冒頭の注:「理」=物事の筋道
- 本文横の注:「丈夫」=才知の抜きんでた人物
- 手順3(論理整理):
- 「丈夫=才知の抜きんでた人物」であるから、物事の筋道(理)を正しく「把握」できる人物を指す。
- その「理」が「善人の前ばかりにある」ということは、物事の筋道を把握し、それに従って人として正しい行動を取る人物こそが善人である、という因果関係が成立する。
- 手順4(選択肢の照合):
- 1(不適切):「物事の筋道を創造できるから、生まれもった才能を生かすことができる」は誤り。「理」は「物事の筋道」であり、それを「創造する」とは本文にない。
- 2(適切):「物事の筋道を把握できるから、人として正しい行動を取ることができる」は、「丈夫」の才知によって筋道を捉え、それに沿って正しく生きる善人の姿を過不足なく説明している。
- 3(不適切・語注誤認トラップ):「健康を保持して長生きすることができる」は誤り。現代語の「丈夫(体が頑丈)」に引きずられた典型的な誤答であり、注の「才知の抜きんでた人物」を無視している。
- 4(不適切・概念混同):「良縁に恵まれた生活を送ることができる」は誤り。めぐり合わせである「仕合」の要素を「理」に混同させている。
- 結論:2
(三)「をかしき事ながら、もっともなる事」の理由(理由選択)
- 手順1(設問要求):
- 傍線部「をかしき事ながら、もっともなる事」とあるが、作者がこのように思った理由として最も適切なものを1〜4から一つ選択する。
- 手順2(語義と二層評価の分解):
- 本文末尾の記述:「……と語られしは、をかしき事ながら、もっともなる事と思ひ、ここにあらはし侍りぬ。」
- 評価語の分析:
- 「をかしき事」:古語の「をかし」は文脈によって「風変わりだ、普通と違って珍しい、趣がある」を意味する。「理を四角、仕合を丸という形にたとえる着想」に対する評。
- 「もっともなる事」:道理にかなっている、当然である、なるほどと思えること。「理は動かず善人にあり、仕合は転がって善悪双方に行くという説明の妥当性」に対する評。
- 筆者は、「形にたとえる表現は風変わりだが、説明されている本質は的確で納得できる」と感じている。
- 手順3(選択肢の照合):
- 1(不適切):「動きにたとえるのは風変わりだが……矛盾を解消する説明だと思ったから」は誤り。両者の矛盾を解消する話ではない。
- 2(不適切):「善悪の基準とするのは風変わりだが……実態が分かる説明だと思ったから」は誤り。理や仕合を善悪の「基準」にしているわけではない。
- 3(適切):「『理と仕合』を形で表現するのは風変わりだが、『理と仕合』の本質を言い当てた説明だと思ったから」は、「をかし(風変わり)」と「もっともなり(本質を言い当てている)」の二重の評価を完璧に言語化している。
- 4(不適切):「問題点が伝わる説明だと思ったから」は誤り。問題点を告発・指摘している文章ではない。
- 結論:3
授業ではここまで扱う:古文における「比喩と対比構造」読解手順
実際の指導においては、単に現代語訳をなぞるにとどまらず、教訓的・寓話的な古文において「対比される二つの概念がいかに形象化(具体化)され、筆者の見解へと結実しているか」を体系的に整理させる。
本文における論理の4段階展開プロセス
本問では、「理(筋道)」と「仕合(めぐり合わせ)」という目に見えない抽象概念を、「四角」と「丸」という視覚的形態に置き換えることで鮮やかに対照させている。
| 段階 | 本文における論理の展開 | 読解・解法上の着眼点 |
| ① 概念の定義 (導入) | 問題文の注釈により、「理=物事の筋道」「仕合=物事のめぐり合わせ」と意味を確定する。 | 古文の読解に入る前に、注釈を手がかりに主題となる二大概念を把握する。 |
| ② 形状比喩による対比 (前半〜中盤) | 「理は四角・不動」「仕合は丸・転回」という形態・動作の違いを提示する。 | 四角と丸の対照関係を軸として、内容を構造化する。 |
| ③ 人物・善悪への結びつけ (中盤〜後半) | 「理」は「丈夫」にあり、また「善人の前ばかりにある」とされる一方、「仕合」は善悪に関係なく訪れると論じる。 | 外部の会話文の要約を手がかりに、記述や抜き出しの対象を特定する(問二)。 |
| ④ 筆者の二重評価 (結末) | 「をかしき事(風変わり)」と「もっともなる事(道理にかなう)」で総括する。 | 表現形式への評と内容への評を分離し、選択肢を照合する(問三)。 |
重要なのは、「理」と「仕合」の性質の違いを押さえることである。本文では、「理」は動かず善人の前にあるもの、「仕合」は一定の場所にとどまらず善人にも悪人にも訪れるものとして対比され、その違いが「四角」と「丸」という形によって表現されている。
【山口県】国語・古文の対策と復習手順
2025年度の山口県公立高校入試・国語の大問3は、歴史的仮名遣いの基本規則から、会話文を介した正確な抜き出し、語注の適用による内容識別、そして古文特有の評価語を捉える選択問題まで、古文の基礎的・論理的読解力がバランスよく試された。今後の入試対策においては、以下の手順を定着させることが重要である。
- 1. 歴史的仮名遣いの基本規則と「指定条件」の厳守(一)のように仮名遣いを直す問題では、「語中・語尾のハ行音 $\to$ ワ行音」という規則を機械的に適用する。さらに「すべて平仮名で書くこと」という指定がある場合、漢字(「転び」)を平仮名(「ころび」)に直すことを徹底し、条件違反による失点を防ぐ。
- 2. 会話文・空欄補充における「直後のまとめからの逆算」(二)アのように会話文の空欄を埋める抜き出しでは、空欄の前だけでなく「直後の発言」を熟読する。Aさんの「めぐり合わせはどんな人のもとにも訪れる」という要約に着目することで、抜き出すべき範囲が「善人の前にも行き、また悪人の前にも行く」であると明確に絞り込める。
- 3. 語注の積極的活用による「現代語トラップ」の回避(二)イの「丈夫」のように、現代語と古語で意味が異なる語には注意する。本文横の注「才知の抜きんでた人物」を必ず確認し、選択肢3の「健康・長生き」のような現代語の意味に引きずられた誤答を冷静に排除する習慣をつける。
- 4. 多義的な古語における「文脈に即した二層分解」(三)のように「をかし」のような多義的な古語では、「おもしろい」という単一の訳に当てはめるのではなく、前後の文脈から「風変わりだ(表現への評)」と「もっともなり(内容への評)」の二つの視点を切り分けて選択肢を照合する。
過去問演習の復習においては、「単に現代語訳を読んで理解した気になる」のではなく、「(二)アでなぜその19字が選ばれるのかを会話文の前後から説明できるか」「(二)イで注を根拠に選択肢を消去できたか」を客観的に検証することが、初見の古文でも本文根拠に基づいて判断するための土台となる。

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