Introduction
本文は、養老孟司の論考『ものがわかるということ』を素材とし、「同じ」と「違う」を理解する人間の基礎的な能力から、発達心理学における「心の理論」、さらに記号が大きな力を持つ情報社会の性質へと論を展開する重層的な文章である。
入試現代文において、「筆者はおそらくこう言いたいのだろう」という感覚だけに頼ると、選択肢や記述答案の根拠が不安定になる。必要なのは、本文に示された対比や因果関係を抽出し、具体例が何を説明するために配置されているのかを確認することである。
本問では、前半に「自分の認識と他者の認識の違い」を扱う心理実験が置かれ、後半では「変わらない記号」と「変化し続ける現実」の対比が展開されている。これらを同じ処理で読むのではなく、それぞれに適した手順で整理する必要がある。本記事では、2024年度長崎県公立高校入試・標準問題の大問3を題材に、その読解手順を可視化する。
Macro Analysis:三つの展開と「記号・現実」の対比
本文全体の骨格は、大きく三つの段階で展開している。
- 第一段階:「同じ」と「違う」を理解する能力(人間社会の基礎)
- 第二段階:相手の立場から考える「心の理論」(三歳児と五歳児の実験)
- 第三段階:記号の不変性と、変化し続ける現実の対比
このうち、後半の設問を客観的に処理する最大の土台となるのが、第三段階における「記号」と「現実(私たち)」の明確な対比構造である。
| 比較項目 | 記号 | 現実・私たち |
| 性質 | 意味を固定し、不変性を持つ | 絶えず変化する |
| 働き | 時代や人を超えて意味を共有させる | 個別の差異を持ち、同じ状態を繰り返さない |
| 情報社会での状態 | 変わらないため、強いリアリティを持つ | 記号が優先されることで、相対的にリアリティを失う |
この対比の枠組みを整理しておくことで、問四〜問六の選択肢や記述の根拠を的確に見つけ出すことができる。
Micro Analysis
問一
- 手順1(設問要求):a「キョウツウ」とc「エンザン」はカタカナを漢字に直し、b「抽出」は漢字の読みをひらがなで答える。
- 手順2(根拠範囲):各語を含む一文を読み、文脈に合う意味と字形・読みを確認する。
- 手順3(論理整理):aは「二つ以上のものに同じ性質があること」、bは「多くの中から特定のものを抜き出すこと」、cは「一定の規則に従って処理すること」を表す。
- 手順4(解答形式の確認):aとcは対応する漢字を書き、bは読みをひらがなで書く。
- 結論:a「共通」、b「ちゅうしゅつ」、c「演算」となる。
問二
- 手順1(設問要求):傍線部①「呼ばれます」を、文法上の単語に区切ったものとして適切な選択肢を選ぶ。
- 手順2(根拠範囲):「呼ばれます」の文法的な構成要素を分析する。
- 手順3(論理整理):動詞「呼ぶ」の未然形「呼ば」、受け身の助動詞「れる」の連用形「れ」、丁寧の助動詞「ます」の終止形「ます」の三語から構成されていることを整理する。
- 手順4(選択肢比較):「呼ば/れ/ます」という区切りになっていない選択肢を厳密に排除する。
- 結論:正しい区切り位置を示した「イ」を正答とする。
問三
- 手順1(設問要求):人形の実験において、五歳児が「お姉さんは箱Aを開ける」と答えた理由を五十字以内で記述する。
- 手順2(根拠範囲):実験の手順と、五歳児がお姉さんの知っている情報をどのように捉えたかが説明されている段落に範囲を限定する。
- 手順3(論理整理):現実には人形が箱Bへ移されているが、その場面を見ていないお姉さんは箱Aにあると思っている。この自分と他者の認識の違いを理解する働きが「心の理論」であることを整理する。
- 手順4(条件照合・答案構成):「お姉さんは人形が移されたことを知らないこと」と「人形は箱Aに入っていると思っていること」の因果関係を結合し、五十字以内で構成する。
- 結論:「お姉さんは、人形が箱Bに移されたことを知らないので、人形は箱Aに入っていると思っていると理解した。」等とする。
問四
- 手順1(設問要求):会話の流れに合うように、「黄色」という言葉の働きを三十字以内で説明する。
- 手順2(根拠範囲):百年前に詠まれた句を例に、記号(言葉)の特徴を説明している箇所を確認する。
- 手順3(論理整理):百年前の魚そのものを見ることはできないが、「黄色」という言葉が示す意味を手がかりに、当時の風景を思い浮かべることはできる。言葉(記号)は「不変性」を持っているため、後の時代の人にも同じ意味を伝えられるという論理を整理する。
- 手順4(条件照合・答案構成):言葉が「時代を超えて」「変わらない意味を伝える」という働きを抽出し、字数内でまとめる。
- 結論:「時代を超えて変わらない意味を伝える」とする。
問五
- 手順1(設問要求):空欄にあてはまる言葉を四字熟語の選択肢から一つ選ぶ。
- 手順2(根拠範囲):空欄の直後に並立されている「万物は流転する」という言葉の意味を確認する。
- 手順3(論理整理):「万物は流転する」とは、現実は絶えず変わり続けるという意味である。したがって、空欄にも「あらゆるものは同じ状態のままではない」という共通の概念が入る。
- 手順4(選択肢比較):過去から学ぶ「温故知新」(ア)、苦痛を表す「七転八倒」(イ)、感情を表す「喜怒哀楽」(ウ)は、いずれも「絶え間ない変化」という文脈から外れているため排除する。
- 結論:すべてのものは絶えず変化し続けることを意味する「諸行無常」のエが正答である。
問六
- 手順1(設問要求):傍線部④「記号が支配する社会」とはどのような現象かを選択肢から一つ選ぶ。
- 手順2(根拠範囲):傍線部④の直後、「記号が幅を利かせる世界」「情報社会」において生じている逆転現象が述べられている段落に限定する。
- 手順3(論理整理):情報社会では、変わらない記号や情報の方が確かなものとして受け取られ、絶えず変化している私たちや現実の方が、かえって現実感を失っていくという対比の逆転現象を整理する。
- 手順4(選択肢比較):差異を無視して同じにしようとする(ア)、人間が変化を止める(イ)、個別の人間より仮想空間を好む(エ)は、いずれも「記号と現実のリアリティの逆転」という本文の趣旨からすり替わっているため排除する。
- 結論:不変の記号がリアリティを持ち、かつて自明であった変化する現実が見失われるという現象をまとめた「ウ」を正答とする。
問七
- 手順1(設問要求):本文の内容や構成について説明したものとして最も適切な選択肢を選ぶ。
- 手順2(根拠範囲):文章全体の展開を確認する。
- 手順3(論理整理):同じころに生まれた人間の子どもとチンパンジーの発達を比較した研究を紹介した後、人間の三歳児と五歳児の実験を示し、他者の認識を理解する「心の理論」を説明しているという構成の流れを整理する。
- 手順4(選択肢比較):脳が大きくなった歴史的過程(ア)、脳の性質と言葉の論理性のつながりの順序の誤認(ウ)、言葉を記憶装置にたとえた理由の説明(エ)は、本文の構成事実と合致しないため厳密に排除する。
- 結論:人間とチンパンジーの研究に続けて、人間の実験を引用し「心の理論」を説明しているとした「イ」が正答である。
授業ではここまで扱う:具体例から「記号と現実」の対比を抽出する
実際の授業では、単に正答を確認して終わるのではなく、初見の評論文にも転用できる読解の手順として整理する。文章中に具体例が提示された場合、そのエピソードだけを理解して終わってはならない。具体例を構成する要素を分け、それぞれの性質を一般化する必要がある。
| 段階 | 思考手順 | 本文への適用 |
| 第1段階 | 具体例の要素を二つに分ける | A=百年前の句に残る「黄色」という言葉、B=当時存在した魚や風景 |
| 第2段階 | それぞれの性質を整理する | Aは百年後にも残り、意味を伝える。Bは変化し、当時の状態では残っていない |
| 第3段階 | 一般的な対比へ変換する | A=不変性を持つ「記号」、B=絶えず変化する「現実」 |
この対比を抽出できれば、問四だけでなく、「諸行無常」を選ぶ問五や、「記号が支配する社会」を説明する問六も、同じ論理軸で処理できる。
一方、五歳児の実験では、別の整理が必要である。
- 客観的な事実
- 自分が知っていること
- 他者が知っていること
この三つを分けることで、他者の認識を推測する「心の理論」を正確に捉えられる。
Conclusion
本文の主張に納得することと、初見の設問において正答までの手順を自力で再現することは同じではない。
復習においては、以下の客観的な処理手順を自分の言葉で説明できるようにしてほしい。
- 設問形式と解答条件を確認し、選択問題か記述問題かを確定する。
- 根拠として使う本文の範囲を限定する。
- 本文に設定されている「対比構造(記号と現実など)」を整理する。
- 具体例の事実関係(知識の違いなど)を客観的に仕分けし、原因と結果を捉える。
- 記述問題では、必要な要素(原因と結果)を抽出し字数内で結合する。
- 選択問題では、本文にない要素の追加や、論点のすり替えを厳密に排除する。
今回の文章では、前半の「他者認識」のプロセスと、後半の「記号の不変性」と「現実の変化」という対比を整理し、情報社会においてそのリアリティが逆転してしまうという構造を捉えることが読解の土台となった。
こうした客観的な手順を別の問題でも反復することで、主観的な読み込みや感覚的な判断が減り、根拠に基づく得点の安定につながる。

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